はじまり きっかけ



その日、いつものように小学校に行くえみちゃん、近所のスーパーにパートに行くお母さんを見送った。
お父さんは朝早くから、船に乗って漁に出ている。
足の悪いおばあちゃんは、今日も隣のおじいちゃんと接骨院に出かけるみたいだ。
お昼ごはんを食べ終わったおばあちゃんは、ぼくの頭をいつものようになで、
「おりこうにるすばんをするんだよ。」
と出かけていった。

ぼくはえみちゃんが帰ってくるまで、いつものように寝床の毛布に包まった。
ふう、と鼻息を一つ出してあごを毛布にくっつけた時、今まで感じたことのない気配を感じた。
毛布の下の床の下の、地面の下のもっと下から、とても嫌な音がしてきた。
ぼくは自慢の大きな耳を下に向けて、一生懸命にその音が何なのか聞いてみた。
とても不安にさせる音で、子犬のようにキューキューと鳴いてしまった。
となりのおじいさんちの、おじいさん犬のエスがぼくの鳴き声に気づいてくれた。
「逃げるんだ。早く、逃げろ!裏山へ今すぐ逃げるんだ。」
エスじいちゃんはいつも優しい。
なのに今日はその言葉がいつになく厳しくて、ぼくはとまどってしまった。

みんながいない時に、一人で外に出ると必ずひどく叱られた。
「エスじいちゃん、ぼくはここから出ないよ。」
と何度も繰り返し吠えた。
その時、どこからか海の匂いがしてきた。えみちゃんと散歩しながらお父さんを迎えに行った港の匂い。
時々、ひどい風が吹いて海の匂いがする時があったけど、今、風は吹いていない。
「どうして海の匂いがするんだろう。」
匂いの元を確かめようとドアの隙間に鼻をつけた瞬間、
ぼくの体は大きく揺れる車に乗っているみたいに大きく揺れた。
踏ん張る足元の床がめりめりと音を立て、えみちゃんの勉強机が倒れてきた。
台所の食器棚からお母さんが大事にしているお皿がいくつも落ちてきた。
朝、お母さんが鍵をかけて出かけたドアが大きくゆがんだ。

どのくらいの時間揺れたのか解らない。
揺れなくなるのを待って、ゆがんだドアの隙間からもう一度外の匂いをかいでみた。
匂いと一緒に、沢山の水が流れてくる音も聞こえてきた。
「なんで水の音がするんだろう。」
ぼくは怖くて体が動かなくなってしまった。


「ぼく、早くしろ」
エスじいちゃんの大きな声を聞いて、ぼくはやっと動くことが出来た。
斜めになっているドアの隙間に頭を入れて、一生懸命外に出た。

「もうすぐ暖かくなるよ。裏山にぼくはまだ見たことがないと思うけど、黄色くてかわいいお花が咲くんだよ。
たんぽぽってお花、えみちゃんが大好きなお花なの。早くぼくと一緒に見たいな。」

昨日、えみちゃんが話してくれた裏山への坂道を、必死で駆け上がった。

「エスじいちゃん、じいちゃんも来て!」
坂道の途中で振り返ってエスじいちゃんを呼んだ。海の匂いが強く水が打ち寄せる音が聞こえた。

「ぼく!ぼく!」
エスじいちゃんの返事の代わりに、おばあちゃんの声が聞こえた。
「おばあちゃん、ごめんね。勝手に外にでてごめんね。」
そう叫びながら、ぼくはおばあちゃんに駆け寄った。
「ああ、ぼく、良かった。良かった。」
おばあちゃんと隣のおじいちゃんと一緒に、接骨院の先生や看護師さんも裏山に登って来た。
エスじいちゃんは、隣のおじいちゃんと一緒にゆっくり登って来ていた。

「ぼく、良かった。よくここまで来た。良い子だ。」
となりのおじいちゃんと接骨院の先生に頭をなでて褒められた。
ぼくはおばあちゃんと一緒に裏山の頂上まで登った。
近所の人も登って来た。その人達の中には泣いている人もいた。
大きな声で何か叫んでいる人もいた。
坂を登っている途中でも、地面が揺れる時があった。
悲鳴と泣き声が大きくなって、ぼくの耳に突き刺さった。


「おばあちゃん、えみちゃんが学校から帰ってくる時間だよ。うちに戻ろう。」
ゆっくり歩くおばあちゃんの足元でぼくは吠えた。
おばあちゃんは接骨院の先生に何か話した。接骨院の先生は持っていた紐でぼくの首をしばった。
えみちゃんを迎えに行くために、来た道を戻ろうとするぼくを先生が止めた。
「ぼく、みんなといっしょに避難するんだ。」

沢山の人が同じ山道を歩く。
登りきった頂上で下っていく。
山の反対側には隣町の公民館があった。
公民館に着くとエスじいちゃんとぼくは、また、違う紐で首をくくられ柱にしばられた。


「地震ってやつだよ。地震が起きて津波が来た。
津波は平らな町を飲み込んだ。
えみちゃんの学校もえみちゃんのお母さんのスーパーも平らな所にある。
もしかしたら津波に飲まれたかもしれない。」
エスじいちゃんは山を歩いている時に人間が話していた事を教えてくれた。
地震?津波?
飲まれる?
ぼくには解らない事だらけだった。



公民館に着いてどのくらい時間が経っただろう。
夕暮れが過ぎて夜になっていた。
ぼくは吠えていた。
「えみちゃんはどこ?」
えみちゃんがぼくのことを探しているかもしれない。えみちゃんを呼んでぼくは吠え続けた。

「うるさい!黙れ!だから犬は嫌いなんだ!ここは人様が避難する場所だ。犬なんて連れてくるな!」

知らないおじさんがぼくを怒った。
「お腹が空いているんだよね。ぼく、私のもらったご飯をあげるよ。だから静かにして。」
いつの間にかそばにいたおばあちゃんが、ぼくの頭をなでて食べ物をくれた。
だけどぼくはぼく専用の決まった食べ物しか食べられない。それにお腹が空いているわけじゃない。

エスじいちゃんはおじいちゃんに分けてもらったご飯を食べていた。
「ぼく、食べるんだ。食べなきゃ生きていけない。」
エスじいちゃんに言われても、ぼくはおばあちゃんにもらったご飯には口をつけなかった。
「えみちゃん、えみちゃん、どこ?ぼくはここだよ。」
縛られた紐をいっぱいに引っ張って、首が痛くて仕方ないけどぼくはえみちゃんを呼び続けた。

「あのうるさい犬をどうにかしろ。」

さっきのおじさんが、おばあちゃんに怒っている。


「ぼくはえみちゃんを探しに行きたいのか。」
接骨院の先生がぼくの頭をなでてそう言った。紐で縛られた首に血がにじんでいた。
どんなにそこが痛くても、ぼくはひっぱることをやめなかった。
「行って来い。」
血がにじんだ首に先生は自分のハンカチを巻いてくれ紐を切った。
紐が切れた瞬間、ぼくはえみちゃんの匂いに向って走り出した。

山を越え、えみちゃんの家にたどり着いたけど、壊れて真っ暗な家には、えみちゃんの気配はない。
えみちゃんの匂いを探して鼻を空に向けると海のにおいが強くした。
そうだ、学校だ。えみちゃんと一緒に何度も歩いた学校への道を走った。
走りながら海の匂いの中からえみちゃんの匂いをかぎ分けることは簡単ではなかった。
足元は泥だらけ。ぼくは泥に足を取られて何度も滑って転びそうになった。
昨日から雨は降っていない。
普段アスファルトに泥はない。
雨が降ってぬかるんだものとは全く違う泥。そして海の匂い。
泥の匂いの中にはぼくの苦手なガソリンの匂いもあった。
魚の匂い、壊れた建物の匂い。
沢山の匂いの中からえみちゃんの匂いを探して、泥に滑りながらぼくはえみちゃんの名前を叫びながら走った。

散歩した景色とは全く違う町並み。
壊れた建物の破片、割れたガラスが飛び散った道を、
えみちゃんとの記憶をたどりながら、ぼくは慎重に鼻をきかせ走った。
もうすぐえみちゃんの学校だ。
えみちゃんの匂いに近づいた気がした。立ち止まって鼻を高くして耳をすましたその時、
「チリン」
かすかに鈴の音がした。
えみちゃんのランドセルについている鈴の音だ。
ぼくは耳を立ててその音の場所を探した。
壊れた建物の奥からえみちゃんの匂いがする。
ぼくは必死でえみちゃんに近づける場所を探した。
地面すれすれの場所の隙間から鈴の音がはっきり聞こえた。
地面を掘ればえみちゃんのそばまでいける。ぼくは地面を掘った。

空が明るくなりかけたとき、近くで沢山の犬と人間の気配を感じた。
「この中に、人間がいるのか?」
大きなシェパードが僕に話しかけた。
「ぼくの飼い主のえみちゃんがいるんだ。じゃましないで!」
ぼくは大きな声で吠えた。シェパードはおじさんを呼んだ。
呼ばれたおじさんは沢山のおじさんとガレキをどかし始めた。
「えみちゃんがいるのに何をするんだ。」
ぼくは吠えるのをやめなかった。
おじさんの一人がぼくを抱きかかえた。
その腕から逃れようとぼくは必死で暴れた。
えみちゃんの匂いが強くなった。
ぼくはおじさんの腕をすりぬけてえみちゃんの匂いに駆け寄った。
いつも優しくなでてくれる手は血まみれで動かなかった。
でも声は聞こえた。小さくて消えそうなくらい小さな声だけど、
ぼくの名前を呼んでくれた。
えみちゃんはおじさん達に抱えられて車に乗せられ、どこかに運ばれてしまった。
ぼくはえみちゃんを追いかけようとした。追いかけようとしてやっと気づいた。
ぼくは犬専用の紐でくくられていたのだ。

「大丈夫だ。病院に運ばれたんだ。言葉もしゃべっし、体も暖かかったから病院に行けば大丈夫だ。」
さっきのシェパードがぼくに話しかけた。
シェパードの名前はケルンといった。そう言うとケルンは仲間の所に戻っていった。

えみちゃんが見つかった場所から、
沢山のシェパードと沢山のおじさんが、少しづつ進みながら旗をおいている。
その旗を目印に沢山の人が集まって、ガレキをどかして下敷きになっている人を助け出していた。

ぼくは一晩中走って地面を掘っていた疲れがどっと出た。
えみちゃんを見つけたのに、どうして一緒にいられないんだ。えみちゃんを探しに行こう。
疲れた体を引きずって、綱を引きちぎろうと動き出したとき、食べ物の匂いがした。
「食べろ」
ケルンの仲間のおじさんだった。
えみちゃんがいつもくれるえさとは違うけど、犬専用の食べ物ってことだけはその匂いでわかった。

「知らない人から食べ物をもらってはだめよ。」
えみちゃんに厳しく言われていた。空腹でヨダレがいっぱい出たけど、えみちゃんの言いつけを守って、ぼくは鼻をそむけて我慢した。
「食べないのか?躾られているのか?
でもな、おまえは飼い主とはしばらく会えないんだ。
飼い主が元気になった時、お前が元気じゃなかったら、飼い主は悲しむだろう。
だから今は食べるんだ。」
おじさんはぼくの首元をなでながらもう一度、食べろと言った。
この人の言うことは信じられるかもしれない。
えみちゃんに会うため、ぼくは知らない人から食べ物を食べた。
お腹が一杯になって、ぼくは記憶がなくなった。



気が付いたとき、ケルンの仲間の中にいた。
「あの人間があそこにいるって、どうしてわかったんだ?
あんなに沢山のガレキに埋まっていたし、余計な匂いが多いこの空気の中じゃ、
俺だって見つけるのに苦労する。
もしかしたら見過ごしたかもしれない。
飼い主だったからか?そうだったとしても、お前の鼻はおれよりも優れているかもしれないな。」

ぼくとケルンは似た顔をしていた。大きな耳ととがった鼻。アーモンドの形の目。
ただ足の長さだけが違う。
ぼくの足はケルンの半分以下の長さで、より地面に近く匂いを強く嗅げたのだろう。

いつだったか、ぼくがえみちゃんちに来たばかりの頃、えみちゃんは本当はシェパードの飼い主になりたかったと言っていた。

「警察犬の訓練士になるんだから、シェパードじゃなきゃだめ。」
小学校の入学祝におばあちゃんが何でも買ってあげると言った。
だから前からどうしても欲しかった犬に決めた。
だけど犬が苦手なおばあちゃんは、シェパードの写真を見て大きくて怖いから嫌だと反対したのだった。
えみちゃんのお母さんも
「大人になったらえみよりも大きくなる犬は無理だよ。」
とえみちゃんを説得した。
シェパードと顔が似ている犬種をお父さんが探してくれた。だからぼくを選んでぼくに決めてくれた。
テレビの中で犯人を捜す颯爽としたシェパードを見ながら、えみちゃんがそう話してくれた。

「ぼくもえみちゃんと悪い人を捕まえる仕事がしたいな。ぼく、がんばるからね。
えみちゃんのお手伝いをするからね。」
暖かいコタツのそばでぼくはえみちゃんに誓った。
でも、ぼくは牧羊犬のウエルシュコーギー。
警察犬に使われることはない犬種だった。
そんなことを思い出しながら、ぼくはまた眠ってしまった。



次の日の朝早く、ケルンたちは働きに行った。
今日も昨日と同じ作業をしていた。
「お前には救助犬に向いている。同じ犬でも仕事には向き不向きがあるんだ」
食べ物をくれたおじさんはぼくをなでながらそう言った。
壊れた建物が沢山ある場所で、ケルンの仲間は必死で働いていた。
ケルンの仲間だけじゃなくて、また違うグループもやってきて同じ作業をした。
食べ物をくれたおじさんはケルンにボスと呼ばれてた。ボスはぼくの紐をもって歩き出した。
ボスがゆるめた紐でぼくは自由に動けた。

「ここも人間の匂いがしますよ。」
ケルンのまねをして前足をかきながら吠えてみた。
ボスは旗を立てて仲間を呼んだ。
ぼくが見つけた人がガレキの中から助け出され、車で運ばれていった。
運ばれる途中かすかに、ありがとうって聞こえた気がした。



地震から三日が過ぎた。
「良くやった。人の匂いがしたら、また教えるんだぞ。」
ケルンの仕事の進み具合を見ながら、ボスはぼくと歩いた。
ぼくはまた人間の匂いを感じてボスに教えた。ボスはそこに旗をおいて次に行くようぼくに指示をした。
沢山の旗は埋まった人の数を表す。
一日にどれだけの旗が立てられるのだろう。
どれだけの人が車に乗せられ、運ばれていくのだろう。
ボスに教えながらぼくは悲しくなった。
人を探しても暖かい匂いとそうじゃない匂いがあって、
暖かい匂いの数よりも、そうじゃない匂いの方が多くて、
そうじゃない匂いだとボスの褒め方も違っているような気がした。
あの時、えみちゃんから暖かい匂いがした。
建物の下敷きになっている時間が少なければ少ないほど助かる確率は高い。
地震が起きてからまた三日しか経っていないのに、ぼくはもう何日もここにいるような気がした。



四日目の午後、ぼくは懐かしい声を聞いた。
えみちゃんのお母さんだ。
スーパーの倉庫で仕事をしていたお母さんは無事だった。
ただ連絡が取れなくてえみちゃんやおばあちゃんを探し回ってとても疲れていた。
疲れきってやっとえみちゃんを探し出して、運ばれた病院からぼくの話を聞いて来てくれたのだ。
ぼくはお母さんが迎えに来てくれたと思い大喜びをした。
お母さんはボスと話をした。
「ぼく、良く聞いて。
えみの怪我はとてもひどくて遠くの大きな病院にしばらく入院しなくちゃならないの。
おとうさんは海に出たまま連絡も取れないし、おばあちゃんとあの避難所でお父さんの帰りを待つしかないの。避難所は犬は禁止だって。ぼくは連れていけないの。
だからぼくはおじさんのお手伝いをして待っていてほしいの。
必ず元気になったえみと迎えに来るから。」
お母さんぼくを抱きながら泣いていた。
ぼくはお母さんの涙を舐めた。
お母さんの涙はえみちゃんとおばあちゃんに再会できた喜びと、
お父さんに会えない不安と、
ぼくの面倒を見られないもどかしさがまじっていのだろう。

ぼくはお母さんにいつまでも甘えていたい気持ちを振り切って、ボスのそばに行った。

人間の食べ物に興味を示さないぼくは、
人間を探すことだけに集中できるから、救助犬としての基本が出来ている。
一通りの躾ができている僕でも、苦手な車やトラックにおとなしく乗ることや、
仲間とじゃれてはいけない時間を覚えなきゃいけなかった。
ぼくが上手くできなくてもボスは静かに教えてくれた。




地震から二週間が過ぎようとしていた。
旗を立てるために匂いをかいでいたケルンやぼくの限界が来ていた。
割れたガラスやコンクリートの破片で肉球から血がにじんで、
埃で目が傷ついて涙を流す仲間が増えた。
暖かい人間の匂いを探せることはもうなくなっていた。

みんなが疲れ果てていた時、えみちゃんと同い年くらいの男の子がやってきた。
男の子はボスと何か話しをして小さな花束を地面に置いた。
そしてケルンを見て何かしたそうにしていた。
ボスはぼくを呼んだ。
ぼくはボスのそばに行き、支持されたとおり男の子の隣に座った。
「ぼく、この子は犬が苦手なんだよ。
この子のお母さんを探し出したのはケルンだ。
ケルンにお礼を言いたいけど怖くて触れない。
ケルンの代わりに、ぼくが子のこのお礼を受けるんだ。」
ボスが男の子の小さな手をとって、ぼくの背中に置いた。
緊張した男の子の手から力が抜けぼくの背中をなでた。
男の子の手が少しづつぼくの頭に手が伸びて、男の子はぼくの首に抱きつき大きな声で泣き出した。
ぼくは泣き声を聞きたくなかった。
でもボスの指示でその場を動くこが出来ない。
ぼくは泣き続ける男の子から離れる事が出来なかった。

「ケルンが探し出した時、この子のお母さんは生きていた。
でも運ばれた病院で亡くなったそうだ。
亡くなる直前にこの子はお母さんと言葉を交わすことが出来た。
そのお礼を言いに来てくれたんだ。」
ボスはケルンを呼んだ。
ボスに促されケルンは男の子のとなりに座った。
男の子はケルンの首に抱きついた。
ぼくに抱きついた時よりもっと強く抱きついて大きな声で、ありがとうを繰り返しながら泣き続けた。
ケルンは胸を張って空を見上げ男の子を受け止めていた。

どのくらいの時間そうしていたのだろう。
男の子の泣き声が小さくなって、男の子はケルンから手を離し立ち上がった。
ボスに頭を下げ、
ケルンに頭を下げ、
ぼくにも頭を下げ、
男の子は来た道を帰っていった。
男の子の帰っていった道の先に、その子のお父さんと小さな女の子がいた。二人とも涙を流していた。


えみちゃんとお父さんとお母さんとおばあちゃんと一緒に暮らせる日まで、
ケルンと一緒に待つ。
ケルンと同じ仕事が出来る救助犬になった時、きっとえみちゃんが迎えに来てくれる。
ぼくは立派な救助犬になるんだ。
暖かいコタツはないけど、沢山の人が病院に運ばれても、この仕事でぼくはえみちゃんを待つ。
高い塀は越えられないけど、大きな耳ととがった鼻で沢山の音を聞いて沢山のにおいを嗅げるから。
それを生かしてえみちゃんを待ち続けるよ。

株式会社遠鉄ストア営業企画課内「童話大賞」係 御担当関係者様

最後までお読みいただき、ありがとうございました。今回、この文章を応募するに当たって、平成二十三年三月十一日 東北地方を襲った大震災を題材とさせていただきました。実際に体験したものではなく、各メディアで見聞きしことを元に想像し書き進めましたが、一部かなり過激な表現をしてしまっています。この表現を書き込むことを最後まで苦慮いたしました。“童話”というからには対象年齢は小学校低学年だと思います。私の息子は今、小学三年生です。その息子が表現をどう捉えるか。衝撃的すぎるのではないか。また現地で被災された方たちにとって、失礼に当たるのではないか、などと非常に悩みました。しかし主人公「ぼく」の生き方を決める重要な部分ですから、どうしても外したくはなかったのです。そして使用している漢字ですが、低学年でも一人で読めるようにひらがなを使うべきだと思いますが、漢字そのものの意味も感じ取って欲しく使用いたしました。ご理解いただきたいと思います。

最後にこの大賞を機会にこの文章を書くきっかけを作っていただいきました遠鉄ストア営業企画課ご担当者様にお礼申し上げます。本当にありがとうございました。

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