犬に噛まれた

私は動物が好きだ。特に犬猫が大好きだ。飼いたいけど、ご多分に漏れず親に反対されて飼ったことがなかった。
だから小さい頃、近所に飼われているワンコ達で友達になっていないのは自分の体より大きな秋田犬だけだった。

今から8年ぐらい前、実家に戻った兄が両親に内緒で一匹の子犬を買ってきた。
兄も犬を買ってみたかったとは初耳だった。
買ってきたのはいいけど、世話はもちろん、名前も付けようとしない兄。困り果てた母がその当時東京で働いていた私に電話してきた。
子犬と聞いて私は今すぐにでも実家に帰りたかった。
動物好き熱は冷めるどころか、畑正則(ムツゴロウさん)の著書は新刊本が出るたびすべて買い揃えていた。
犬種を聞く。アフガン?アフガンハウントって江口○介みたいな髪型の?
「あんた名前付けてよ。」
口調はきつく、困り果てた様子の母が言う。うーーーーーん。
「瑠璃(るり)」その時、はまっていた小説の主人公の名前を言ってみた。
「ふーん。あんたの名前、瑠璃だってよ。」
かすかに子犬の気配がした。もちろん返事などするわけないがその後も母は私に電話しながら子犬に話し掛けていた。
(あんた、嫌いじゃないね。)
夏休みに実家に帰り初めて瑠璃に会った。(こ、こいつがアフガンの子犬?)
妙に足が長くやせこけあばら骨が浮き出ているている。病気がちで下痢を繰り返して最近やっとまともにえさを食べるようになったと母が言う。
「あんまり元気がないからペットショップに返そうと思ったんだけど、私の顔見ると尻尾振ってくるのよね。」
子供の頃あんなに生き物は嫌いだと豪語していた母。結局一番世話をし可愛がるのは母だった。

そんな子犬の瑠璃もヒートが始まり一人前の体に成長した。いつか瑠璃にも子供を生ませたい。
アフガンはトリミングに手がかかる中型犬。
いわゆるチャンピョン犬以外の子犬は、ブリーディングしても買い手を探すのに大変な犬と聞いていたが、瑠璃の子供がほしかった。

実家から少し離れたペットショップに話を聞きに行った。
そのペットショップには店先にはすぐ触れられるように、いくつかのゲージに入った小型犬とリードにつながれた中型犬たちがいた。
私が行った時間は午後3時半ごろ、店長とブリーデイングの話をし、帰ろうと店を出た時、リードにつながれたバーニーズマウンテンドックがほえながら近づいて来た。
よーしよーしとなでようと近づいた瞬間、その犬の牙が私の太ももを噛んだ。
私は生まれてから今まで一度も犬に噛まれたことがなかった。子供の頃犬に噛まれて犬恐怖症になったと言う話を聞いても、犬に噛まれるなんてその人が犬に嫌われるようなことをするから悪いんだ。犬に敵意を感じたりするから悪いんだ。私は絶対そんなことない。
犬が自分に敵意を感じるなんて微塵も考えたことがなかった。
なんで?犬は友達でしょ。なんで噛むの?
その犬から離れながら真っ白の頭をフル回転させた。こういう場合はどうすればいいのか?
恐る恐る店に入り店長に犬に噛まれたことを伝えた。
「今ねえ、えさの準備してるからその匂いで気が立ってる時間なんだよね。」
犬が噛むのは当然と噛まれたことに対しての謝罪は何もなく、そう受け取れる言葉が返ってきた。
”犬は友達、噛まれる人は犬嫌いだから噛まれるんだ!私が犬を好きだから噛まれるなんて絶対ありえ無い!”
今まで自分が犬に噛まれるなんて想像したこともなかった。そんな警戒をしながら犬に近づいたこともない。
この犬だけが悪いんだ。こんな悪い犬を店先につないで平然としているこの店が悪いんだ。
むらむらと怒りが込みあげ、帰りかけた足を止め再び店に入り、
「治療費頂きます!!保健所にも相談させていただきます!!」

帰路につく途中で、病院により診断書を書いてもらった。
Gパンの上から噛まれているので、外傷はないが内出血をしている。その内出血をしている患部に7cm四方ぐらいの湿布薬を張りながら、
「狂犬病は日本から絶滅しているから心配ないよ。」
のんびり話す医師の言葉をさえぎり、私はまくし立てた。
「病気が心配じゃなくてそんな所に凶暴な犬をつないでるペットショップが信じられない!
と医師には関係ないことを私は口走っていた。

家に戻りタウンページで調べた保健所に電話した。
「私だからこのぐらいの怪我ですんだけど、小さな子供だったら大変じゃないですか?」
感情を押さえているつもりでも、自然と口調がきつくなる。
電話口に出た保健所職員は、至急調査しますので一週間後ぐらいに電話をしてくれますか。そういって電話は切れた。
その後、旦那の休みを使って例のペットショップに向かった。あの犬は、店先から裏につながる死角になる所につながれていた。
私一人で店内に向かう時、旦那は(旦那も相当な犬好きである。)、
「あのバーニーズ?見るからに性格悪そうじゃん。だめだよ、ああいうの見極めないで近づいたあんたが悪い。」
店長は不在で診断書と受診料の領収書を店員に渡した。気まずい沈黙があたりを包みこの間のような犬のほえ声も聞こえない店内で、
私はお金を受け取った。
こんなに大げさにするんじゃなかった。あの犬は空腹で気が立っていたからあの行動は仕方がなかったんだ。
犬の気持ちを考えずに近づいた私が悪かったのに。
自分は犬に好かれて当然だと考えていた私が悪かったのに。
後味の悪いお金を握り締め、旦那の待つ車に向かった。

保健所からあのペットショップには厳重注意をしたと連絡を受けたのはそれから数日たってからだった。
それ以来、旦那に言われたように、犬の性格や機嫌を見極める努力をしつづけていたが、初対面の生き物が怖くそのトラウマを引きずりつづけている。
でもやっぱり、嫌いになれないワンコ達。

追記
このとき噛み付いた犬種は決して凶暴な犬種ではありません。念のため!!



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